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東京地方裁判所 昭和37年(ヨ)2182号 判決 1963年11月29日

判   決

東京都杉並区高円寺六丁目七四七番地

申請人

竹内久夫

右訴訟代理人弁護士

芦田浩志

儀同保

松本善明

手塚八郎

寺村恒郎

同都中野区昭和通三丁目一四番地

被申請人

学校法人佐藤奨学学園

右代表者理事長

佐藤伝吉

右訴訟代理人弁護士

若林秀雄

熊谷誠

右当事者間の昭和三七年(ヨ)第二、一八二号地位保全仮処分申請事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

被申請人は申請人に対し金一八、一二〇円及び昭和三八年一〇月一日以降本案判決確定の日にいたるまで、毎月二〇日限り、一箇月金二八、〇八〇円の割合による金員を支払え。

申請人のその余の申請を却下する。

申請費用は被申請人の負担とする。

事実

第一  (当事者双方の求める裁判)

申請人訴訟代理人は、「申請人が被申請人に対し、雇傭契約上の権利を有することを、仮に定める。被申請人は申請人に対し、金五二〇、二六五円及び昭和三八年一〇月一日以降本案判決確定の日にいたるまで、毎月二〇日限り、一箇月金二八、六八〇円の割合による金員を支払え。」との裁判を求め、被申請人訴訟代理人は、「申請人の申請を却下する。」との裁判を求めた。

第二  (申請の理由)

一  (当事者間の雇傭関係)

申請人は、昭和三四年四月被申請学園に、その経営する文園高等学校(以下、文園高校という。)の教諭として雇傭されたが、昭和三七年七月二八日被申請学園から、同年八月二七日限り解雇する旨の意思表示(以下、本件解雇という。)を受けた。

二  しかしながら、本件解雇は、次にのべるとおり、不当労働行為であるから、無効である。(以下―省略)

理由

一  (当事者間の雇傭関係)

申請人が昭和三四年四月、被申請学園の経営する文園高校の教諭として雇傭されたが、昭和三七年七月二八日本件解雇の意思表示を受けたことは、当事者間に争いがない。

二  申請人は、本件解雇は、不当労働行為であるから、無効である旨を主張するので、以下に検討する。

1  (申請人の組合活動と被申請学園の態度)

(一)  (組合結成の経緯と申請人の組合経歴)

当事者間に争いのない事実に、(疎明―省略)を総合すれば、次のような事実が認められる。

文園高校の教職員は、かねてから賃金が公立高等学校に比べて低く、新規採用者の賃金決定にあたつてその前歴が考慮されず、昇給率その他の賃金体系が明らかでなく、有給休暇は夏季又は冬季の休校日にのみ与えられ、超過勤務手当及び休日勤務手当制度がなく、退職金も完全に制度化されておらず、また勤務時間が実際上確定されていないことなど、被申請学園の労働条件について不満を感じ、一方、職員会議は、被申請学園の任命する委員によつて構成される企画運営委員会により決定された事項の連絡機関に過ぎず、学校教育について教職員の意見が反映される機関でなく、また、学園の会計が不正確であり、PTA会費及び生徒会費が他に流用され、その使途が不明であると考え、被申請学園の学校経営についても不信の念を懐いて、時折、労働組合結成の動きを示していたところ、被申請学園は、昭和三六年四月から教職員の賃金のベースアツプを行うための基金として、毎月生徒一人当り金一五〇円のPTA臨時会費を徴収しながら、その一部を校舎建築費等に流用し、教職員に対しては、手当の名目で、同年四月分から一人当り金一、一〇〇円ないし金一、二〇〇円程度を支給したに過ぎなかつたため、一人当り、平均金四、〇〇〇円のベースアツプが実現されるものと期待していた教職員は、被申請学園に対する不満不信を高め、労働組合結成の必要を痛感するにいたり、同月二六日頃、申請人を含め、数名の組合結成準備委員を選出した。文園高校の教職員中には、申請人(同人は、かつて新潟県下で教職にあつた当時、七年間組合活動を経験した。)の外は、組合活動の経験者はいなかつたので、いきおい、申請人が、その中心的、指導的立場に立つて、都教組中野支部、中野区労協、東京私教連等との連絡、教職員への呼掛け、組合規約草案の作成等、組合結成準備のための活動をした。かくて、同年七月一四日教職員五一名(当時の教職員実数は、校長、教頭を除き、六三名を下らなかつたと推認される。)の参加により、組合(文園高等学校教職員組合)が結成された。結成されると同時に、申請人は、執行委員に選出され、団交委員となり、同年九月から執行部の給与対策業務を担当し、昭和三七年五月一日には副執行委員長に選出された。(以上の認定に反する((省略))は採用しない。)

(二)  (組合結成直後の状況)

当事者間に争いのない事実に、(疎明―省略)を総合すれば、次のような事実が認められる。

組合結成直後、組合の申し入れにより、昭和三六年七月一七日、第一回団体交渉が行われ、その結果、被申請学園と組合の間で、教職員の賃金等を明確にするため、任免、昇給、昇格の辞令を発令すること、職員会議をその最高決議機関(但し、最終の決定権は校長が有すること)とし、企画運営委員会の構成を校長及び全教職員の協議により決定すること、春季、夏季及び冬季の休校日を教職員の自宅研修に充て、有給休暇は右休校日以外の日に二〇日間与えられること、生徒会費の処理は生徒の自治に任せること、憲法及び労働三法を尊重することなど、教職員が従来から被申請学園に対し不満不信を懐いていた事項について、協定が締結された。更に、被申請学園と組合は、団体交渉の結果、同年八月一九日、勤務時間、賃金体系、退職金その他労働条件を明確にするため、被申請学園が、同年九月一五日までに就業規則案を作成して、組合に提示し、その意見を徴して、就業規則を制定し、双方意見の一致しない部分については、団体交渉により労働協約を締結することなどを協定した。申請人は、団交委員として、常に、これら団体交渉に出席し、折衝に当つた。

(三)  (昭和三六年の年末年当要求闘争)

当事者間に争いのない事実に、(疎明―省略)を総合すれば、次のような事実が認められる。

組合は、昭和三六年一一月一〇日の組合大会において、年末年当として、賃金の一・五箇月分プラス三〇、〇〇〇円を要求することに決定し、被申請学園と団体交渉を開始した。これに対し、被申請学園は財源難を理由に組合の要求を拒絶したので、給与対策担当の執行委員であつた申請人、被申請学園が組合に提示した予算書、決算書その他の会計関係帳簿を調査した結果、昭和三四年度の会計については、決算額を異にする決算書が二通作成され、卒業生が寄付した金二〇〇、〇〇〇円相当の記念品や生徒会費で購入した金一、四〇〇、〇〇〇円相当のタイプライターが東京都の補助金で購入したことになつており、被申請学園の予算で購入したカメラ四台が私用に供されていること、昭和三五年度会計については、決算額が予算額より金六、六〇〇、〇〇〇円不足しており、追試験の受験料収入が金一六〇、〇〇〇円であるのに、金八〇、〇〇〇円と計上されていること、また、これらに関連してPTA会費や生徒会費が他に流用されていることなど、幾多の疑点が発見されたので、組合は、被申請学園のいう財源難は理由がないものとして、年末年当要求闘争を進め、同年一一月三〇日及び同年一二月二日の団体交渉において、申請人が、これら会計上の疑点を追及したところ、被申請学園はこれに対し組合の納得する回答を与えることができなかつた。かくして、同年一二月四日、年末手当を賃金の二・五箇月分プラス金二、〇〇〇円とすることで、右闘争は妥結し、組合としてはかなりの成果をあげることができた。この間において、被申請学園は、就業規則に関する前記協定による同年九月一五日を過ぎても、就業規則案を組合に提示しなかつたところ、同年一一月三〇日突然、職員室に「従業員に告ぐ」として、一方的に制定した就業規則を掲示し、期日を指定して教職員の意見を求めるという態度に出た。組合は、被申請学園が、このような態度に出たのは、前記協定に違反するものであるとし、また、右就業規則中の解雇条項を詳細厳重に定めたのは、会計問題につき、申請人の追及により窮地に陥つた被申請学園が、組合から更に追及を受けるのをおそれ、組合の弾圧を策するためであるとして、被申請学園に対し抗議を申し入れた。(以下の認定に反する((省略))は採用しない。)

(四)  (昭和三七年一月以降本件解雇までの賃金闘争及びこれに対する被申請学園の組合対策)

当事者間に争いのない事実に、(疎明―省略)を総合すると、次のような事実が認められる。

被申請学園に雇傭される大学卒業者の初任給は金一五、九〇〇円(昭和三六年一二月八日施行の被申請学園の給与規定の別表「教育職員俸給表」の一〇号俸)であつたが、申請人が、給与対策担当の執行委員として、組合員につき生活実態(アルバイト、仕送り等)を調査した結果、大学卒業者(二二才)の初任給は、金二一、九五〇円が相当であるとの結論を得たので、組合は、組合大会の決定に基づき、昭和三六年一二月二二日、被申請学園に対し、初任給の引上げとこれに伴う学歴、経験、年令等を考慮した、いわゆる経歴換算による賃金体系の是正と退職金制度の確立を要求して、団体交渉を求めた。しかし、昭和三七年一月中は、被申請学園の拒否により、団体交渉は開かれなかつたばかりか、同月二〇日頃、校長は、団体交渉の議題につき交渉に来ていた組合員に対し、「他校では、本校の組合をアカ呼ばわりしているから、注意してほしい。」と発言した。組合が東京都地方労働委員会に懸案解決のための斡旋申請の準備をすすめるうち、同年二月八日にいたり、ようやく、第一回団体交渉が開かれ、同月一六日の第二回団体交渉において、被申請学園は、初任給を金一七、〇〇〇円(前記教育職員俸給表の一一号俸)にする旨の回答を示した。これに対し、組合は、被申請学園が組合の提案を十分検討していないものと判断し、再考を求めて、団体交渉を重ねたが組合の要求が容れられなかつたので、同年三月八日臨時組合大会を開いて、争議行為として、翌九日以降タイムレコーダーの打刻を拒否し、午前と午後に行われる教職員集会の出席を拒否し、もし組合員の解雇等組合に対する弾圧が行われる場合には、入学式の出席、修学旅行の引率を拒否することを決定し、その旨を被申請学園に通告した。ところで、被申請学園は、一方的に、同年四月から、初任給を金一七、〇〇〇円に引き上げ、これに伴い、他の教職員の賃金も教育職員俸給表に従つて一号俸すつ増額支給したが、組合としては、なお、これを不満とし、闘争を続けた。更に、被申請学園は、同月から、新たに主事制度を設け、組合対策に経験のある元公立学校長二名を含む主事四名を任命し、また、既に職員会議において各学年の主任は各学年ごとに学級担任教員から選出することに決定されたのに、これを無視して、一方的に、教員の中から学年主任を任命して、これに主任手当を支給し、この外、非組合員教員をして新規採用者が組合に加入しないように工作させ、また、生徒の父兄に宛てた学校長名の「お知らせ」と題する書面の中で、初任給のべースアツプの経緯をのべた後、一部の先生による学校に対する経営批判について誤解をしないように。」と、暗に、申請人を含む組合幹部を非難するなど、組合の弾圧、弱体化を企図するものと思われる態度に出た。同年五月一日組合の執行部が改選され、申請人が副執行委員長に選出された後、組合は、同年六月三日から五日間全組合員にリボンをつけさせるなどして、強力な闘争態勢をとり、被申請学園と団体交渉を続けた。その結果、同年六月二三日、初任級については、金一八、六〇〇円に引上げるということで妥結したところ、被申請学園は、これを基準として、同年七月分から従来の昇給率に従つた賃金体系を実施した。しかし、組合は、その後も経歴換算による賃金体系の是正と退職金制度の確立を要求し、これに関する組合と被申請学園との団体交渉が同年七月上旬に開かれることになつていたが、被申請学園は団体交渉の期日を同月二三日と指定し、更に、これを同月二八日に延期する旨を通告した。しかるに、その前日である同月二七日本件解雇がなされたが、申請人は、以上のような組合の賃金闘争を通じ、給与対策担当の執行委員、次いで副執行委員長として、常に、団体交渉に出席して、被申請学園と折衝を重ね、右闘争を指導した。(以上の認定に反する((省略))は採用しない。)

(五)  (申請人に対する被申請学園の態度)

(疎明―省略)を総合すれば次のような事実が認められる。

申請人は、前記昭和三六年の年末手当要求闘争が妥結した直後の同年一二月五日頃、さきに申請人を被申請学園へ就職の紹介をした練馬区立旭ケ丘中学校長桜井鉄夫から、「自分は、君を文園高校に紹介したのであるから、組合活動について十分注意してもらわなければ、困る。」との警告を受けた上、面談のため、直ちに来訪することを求められ、更に、同月八日頃、かねて申請人と親交があり、被申請学園と組合との団体交渉にも出席したことがある都教組中野支部副委員長、中野区立第一一中学校教諭山口米夫から、「同校校長から君の身上について詳しく聞かれた。だから十分警戒して組合活動を行うように。」との忠告を受けた。(申請人は、同月一三日頃の執行委員会に、桜井及び山口からの警告、忠告について報告した。)。また、前記年末手当要求闘争が妥結した頃、学校を訪れて校長保科市松、教頭野々山幸夫と面談したことがある後藤元早大教授(組合員後藤徳子教諭の父)から、同月二〇日頃、「学校では、あなたから学校財政について追及されたため、何か対策を考えているようだから、組合活動を自重するように。」との注意を受けたことがあつた。

ところで、既に認定したように、文園高校の教職員は、被申請学園の労働条件及び学校経営に対する強い不満不信から労働組合の結成を図り、申請人はその結成準備委員に選出され、教職員中唯一人の組合活動経験者として、指導的立場に立つて、組合結成の準備活動に当り、昭和三六年七月一四日組合(文園高等学校教職員組合)が結成されると同時に、執行委員に、次いで団交委員に選出された。そして、申請人は、同年七月一七日及び同年八月一九日の各協定締結のための団体交渉には、組合の団交委員たる執行委員として、出席し、被申請学園と折衝を行い、同年の年末手当要求闘争に際しては、被申請学園が財源難を理由として組合の要求を拒否するや、申請人は、給与対策担当の執行委員として、被申請学園の提示した会計帳簿を調査して、その経理に幾多の疑点を発見し、団体交渉において、それらの疑点について被申請学園を追及するなど、右闘争の中心的活動を行い、また、昭和三七年の賃金闘争についても、組合は、申請人が行つた教職員の生活実態調査を基礎に、大学卒業者の初任給の引上げ、経歴換算による賃金体系の是正等を要求し、団体交渉を重ね、遂にタイムレコーダーの打刻拒否等による争議行為を行い、強力に闘争をすすめたが、申請人は、給与対策担当の執行委員、次いで副執行委員長として、これらの団体交渉に出席し、闘争を指導したのであつて、申請人が常に組合活動の中心的、指導的役割を果していたことは明らかである。そして、前記認定のような被申請学園の組合対策や桜井鉄夫外二名の申請人に対する警告等を参酌すると、被申請学園は、申請人の組合活動の故に、申請人に注目し、これを嫌悪していたものと推認するに難くない。

2  (被申請学園主張の解雇理由)

次に被申請学園主張の解雇理由について、検討する。

(一)  (生徒引率による夜間観劇について)

申請人が、昭和三六年一〇月中旬、当時担任の三年組の生徒を自ら夜間観劇に引率したとの被申請学園主張の事実については、乙第五号証の三にこれに添う記載があるが、後記認定に徴して採用することができす、他にこれを認めるに足りる疎明資料はない。

しかし、当事者間に争いのない事実に、(疎明―省略)を総合すれば、次のような事実が認められる。

昭和三六年一〇月九日午後六時半から、中野公会堂で、劇団「行動」により、松川事件に関する演劇「現場を見た人」が上演されたが、当時申請人の担任学級であつた三年A組の生徒高橋由喜子(文園高校演劇クラブの部員)は、同人の父から入場券三枚をもらい受けたので、同級の生徒松田とよ子及び磯部由紀子を観劇に誘い、同人らは、それぞれ父兄の許可を得て、同日午後六時頃揃つて右会場に出掛けた。一方、申請人外約一〇名の文園高校の教職員(組合員)も、右演劇の後援団体である中野区労協を通じ入場券を入手したので、観劇に出掛けた。申請人は、会場に入り、はじめて、高橋ら三名の生徒が父兄の同伴がないのに来ているのを知り、同人らに、いずれも父兄の許可があることを確めた上で、同席で観劇した。午後九時半頃、終演となつたので、申請人は同じく観劇に来ていた渡部教諭(帰路が松田と同じ方向)に松田を自宅まで送り届けるよう依頼し、自ら高橋及び磯部をそれぞれ自宅まで送り届けた。

ところで、成立に争いのない乙第一二六号証の四ないし六によれば、文園高校の「生徒心得」のⅤ、3には、生徒心得として、「夜間の外出は特に注意し、必ず父兄同伴のこと」と、定められているから、同校の教員としては、当然生徒、特に担任の生徒に対して、右心得を遵守するよう指導すべき職務上の義務があるものといわなければならない。しかし、右心得の趣旨は、生徒が夜間外出する際は、事故発生の可能性が比較的多いので、これを防止するため、保護者として父兄の同伴を要することとしたものと解せられるところ、本件の場合、申請人は、会場において、たまたま、夜間父兄の同伴がなく観劇に来ていた担任の生徒を発見したので、同人らに観劇につき父兄の許可があることを確めた上、同席で観劇し、終演後は、自ら、又は同校の教員に依頼して、生徒を自宅まで送り届けたのであるから、むしろ、父兄に代る保護者として生徒に同伴したものともみられ、しかも、生徒が右観劇を禁止されていたものと認めるべき特段の疎明もないのであるから、たとい、申請人が、被申請学園が主張するように、速やかに生徒を帰宅させるとか、家庭に連絡して出迎えの者を呼ぶとかの処置を講じなかつたとしても、申請人が教職員として前記職務上の義務を怠つたものとして、非難するのは当らない。従つて、申請人の行為をとらえて、乙第二五号証(弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める。)によつて認められる被申請学園の旧就業規則中、文園高校教職員の制裁(教戒又は解職)事由を規定した第三三条の「職務上の義務に背反したとき」に、該当するものとはいえない。

(二)  (生徒に対する授業料値上反対決議の煽動について)

(疎明―省略) によると、文園高校では、学習指導の参考に資するため、各学級毎に、学級日誌を備え、これに毎日交代の日直当番の生徒二名をして放課後、その日の生徒の出欠状況、学習内容、ホームルームの時間における連絡事項、学級内における出来事等を記載させているが、申請人A担任の三年組の昭和三六年一一月二八日の学級日誌の一般記事欄に「(月謝値上げという事について、先生も私達も反対)」と、記載されていることが認められ、また、(疎明―省略)中には、申請人が同日始業前のホームルームの時間に担任の生徒を煽動して、文園高校の授業料値上反対の決議をなさしめたとの被申請学園の主張事実に添う記載又は証言があるが、後記認定の事実に徴するとき、前記学級日誌の記事によつては、被申請学園の主張事実を疎明することができす、前記乙号各証の記載及び証言は、採用することができない。

むしろ、(疎明―省略)を総合すれば、同日の三年A組の日直当番である生徒中村幸江及び夏刈ヤスミの両名は、放課後職員室の黒板に、「私立総決起大会」と題し、その日時及び会場が書かれているのを見て、居合せた教員らにその趣旨を尋ねたところ、その一人の教員から私立学校の授業料、入学金の値上げ防止と教職員の待遇改善を目的として、私立学校に対する国の補助金の増額を要求するための私立学校教職員の大会が行われ、組合員も全員がこれに参加することになつているとの説明を聞いたので(その時、申請人は、既に、前日の組合大会の決定に基づき、同日午後五時半から三田の慶応大学講堂で行われる右大会に参加するため、他の組合員より先に退出して、在校していなかつた。)、その日の学級日誌の一般記事欄に文園高校の教職員が右大会に参加することを当日の出来事として、「私立総決起大会に参加」と、記載し、また、両名が右大会の趣旨に共鳴し、感想として、「(月謝値上げということについて、先生も私達も反対)」と、附記したことが認められる。

他に、被申請学園の主張事実を認めるに足りる疎明資料はないから、申請人には、被申請学園が主張するような旧就業規則第三三条所定の制裁事由は存しない。

(三)  (タイムカードの不正捺印について)

申請人が昭和三七年四月一一日、一二日の両日休暇をとり(同月一三日その旨届出)、出勤しなかつたのに、タイムカード(出勤表)の右両日の出勤欄に出勤の捺印をしたことは当事者間に争いがない。そして、(疎明―省略)によれば、申請人は昭和三七年五月一二日(土曜日)にタイムカードの同日の出勤欄の外、同月一四日(月曜日)の出勤欄にも出勤の捺印をしたことが認められる。

ところで、前記1、(四)認定の事実に、(疎明―省略)を総合すれば、当時、被申請学園の現就業規則第二三条に基く職務命令として、文園高校の教職員は出勤、退出の際は、同校備付のタイムカードの出勤、退出欄にその時刻を打刻すべきことが定められていたが、組合は、昭和三七年三月八日賃金体系の是正と退職金制度の改訂の要求貫徹のため、争議行為として、組合員は翌九日以降タイムカードの打刻を拒否し、その出勤欄に出勤の捺印をすることを決定したので、被申請学園は、やむなく、右捺印を前記職務命令による打刻に代わるものとして黙認したことが認められる。(以上の認定に反する証人((省略))の証言は採用しない。)このように、争議行為として組合員がタイムカードの打刻を拒否することは格別、出勤の事実を表示するため、同校備付のタイムカードに出勤の捺印をなし、被申請学園からも、右捺印を職務命令による打刻に代るものとして認められている以上、出勤した際にその都度捺印すべきことは、現就業規則第二三条の趣旨によるまでもなく、服務上当然に遵守すべきことがらであつて、これに反して出勤しなかつたのに、タイムカードのその日の出勤欄に捺印し、又は出勤する日以前にタイムカードのその日の出勤欄に捺印することは、校内秩序維持の上で看過し得ない性質の行為であるといわなければならない。従つて、申請人の前記認定のようなタイムカードの不正捺印(それが申請人の故意によつた場合はもちろん、過失によつた場合であつても)は、前掲乙第四号証によつて認められる被申請学園の現就業規則中、懲戒解職事由を規定した第五八条第七号の「職務命令に背き服務上の規則又は指示に反し著るしく校内の秩序を乱したとき」に、該当するものと認められるが、その回数は僅かに過ぎず、また当時前記のように争議中であつたことを考慮すると、被申請学園が直ちに懲戒解職をもつて臨まなければならない程の重大な非行とみることはできない。

(四)  (PTA総会における学校誹謗の発言について)

当事者間に争いのない事実に、(疎明―省略)を総合すれば、次のような事実が認められる。

文園高校PTAでは、昭和三七年四月二八日に総会を開き、会計の昭和三六年度決算の承認及び昭和三七年度予算の決定を求めることとなつたところ、安西武教諭(組合員)が、その一週間前に、校長に、PTA会計の決算の疑問点について、事前に職員会議でその内容を検討させてもらいたいと申し入れ、校長から、その機会を作ることの約束を得たが、総会当日にいたるまで、検討する機会が与えられなかつたので、総会開催前安西教諭は校長に、総会の席で決算について質問しても差支えないかと申し出て、その了解を得た。総会で、校長が決算報告書に基づき報告を行つたところ、その報告書中、「研究費」(教職員に対するPTA寄付による研究助成金)の支出予算額が金七二〇、〇〇〇円であるのに、支出決算額が金四、〇二四、四九一円となつていることについて、安西教諭が校長にその使途を質し、「教職員はこのような決算額に相当する研究費の支給を受けていない。」と、発言すると、校長は、「右金額はすべて支給ずみである。」と、答えたので、この答弁をめぐり、両者の間で応酬が繰り返された。すると、校長は、前記のように、事前に総会の席における安西教諭の質問を了承していたにもかかわらす、学校内部の問題であるとして、安西教諭の質問を制する態度に出たので、申請人は、「教師もPTA会員であるから質問を許すべきである。」と、発言し、これをきつかけに、父兄の中からも、決算内容について質問する者が現われたが、校長からも、PTA会長からも、満足な答弁がなかつた。そして、討議が発展して、教職員の待遇問題に及ぶや、申請人は、「本校の教職員に対する待遇は非常に悪く、生活も苦しい。例えば、三〇才以上で妻と子供二人があるのに、一八、〇〇〇円の給与しか受けていない者もあり、教職員は体面維持のため、ほとんどがアルバイトをしている。」と、発言した。かくして、総会は、紛糾し、遂に、決算報告を承認することなく、閉会となつた。(以上の認定に反する(省略)は採用しない。)

ところで、昭和三七年四月当時、文園高校の教職員中、三〇才以上で妻と子供二人がありながら、金一八、〇〇〇円の賃金しか支給されていなかつたという事例を認めるに足りを疎明資料はなく、むしろ、前掲乙第五号証の三によれば、このような事例はなかつたことが認められ、この点において、申請人の金一八、〇〇〇円うんぬんの発言は真実に反するものといわざるを得ない。また、文園高校の教職員のほとんどがアルバイトをしていたとの事実を認めるに足りる疎明資料はなく、前掲甲第三一号証によれば、申請人が給与対策担当の執行委員として、組合員四九名につき生活実態調査を行つた際は、一四名がアルバイトをし、九名が父兄らから仕送りを受けていることが判明したことが認められるのであるから、この点において、申請人のアルバイトうんぬんの発言はやや誇張の嫌がないとはいえない。しかし、一方、被申請学園が主張するように、当時の文園高校の教職員の賃金が私立学校中の最高部類に属したものと認めるに足る疎明資料なく、(乙第二四号証の記載及び証人(省略)の証言中に、被申請学園の主張に添う部分があるが、右記載及び証言はなんら計数的裏付がなく、採用することができない。)、(疎明―省略)によれば、昭和三七年四月当時の文園高校教職員の賃金は月額金二一、八六六円―基本給(大学卒業者初任給を例とする。)金一七、〇〇〇円、東京都の補助金による給与金二、二六六円、扶養手当(妻と子供二人の場合を例とする。)金二、〇〇〇円、通勤手当金六〇〇円―であり、都立高等学校の教職員の賃金は月額金二一、九五〇円基本給(前同)金一七、八〇〇円、暫定手当金一、八〇〇円、家族手当(前同)金一、六〇〇円、通勤手当金七五〇円―であつて、両者間にほとんど差異はなかつたが、しかし、それ以前の同年三月までは、文園高校教職員の基本給は月額金一五、九〇〇円であり、(それが、組合の大学卒業者の初任給引上げを骨子とする賃金体系是正等の要求闘争の結果、同年四月から金一七、〇〇〇円に引上げられたことについては、既述のとおり。)、これに対し都立高等学校教職員の基本給は既に月額金一七、八〇〇円であつたことが認められるのであるから、文園高校の教職員の賃金は、都立高等学校の教職員の賃金と比較すれば、むしろ低い方であつたといわざるを得ない。しかも、申請人の発言は生徒を対象として、なされたものではないから、直接生徒の教育に影響がある言説とはいえない。また、申請人の発言は、それが故意に文園高校の教育方針(成立に争いのない乙第二六号証の二によれば、「公正であること」が同校の校訓の一つであり、従つて、それが同校の教育方針であるとも認められる。)に背き、又は文園高校の名誉等を損することを目的としてなされたものと認めるべき疎明資料はなく、むしろ、既に認定したように、当時組合は初任給の引上げ、経歴換算による賃金体系の是正等を要求して闘争中であり、しかも、申請人は給与対策担当の執行委員として右闘争を指導していたことなどを考慮すると、申請人の発言は組合の賃金闘争に対する父兄の支援、同情をうるために、教職員の生活の窮状を訴える趣旨でなされたものと推測されるのである。加うるに、その発言の動機は、教職員の待遇問題に関係のあるPTA寄付による研究助成金について、校長が教職員を納得させるだけの説明をせす、かえつて、教職員の発言を制する態度に出て、賃金闘争中の組合員たる教職員を刺激したことに、誘発されたものともみられるのである。

従つて、申請人の発言の内容は真実性を欠き、やや誇張の嫌いがないではないが、その発言当時の状況、発言の動機、目的、趣旨、申請人の組合における地位など、諸般の事情を勘案すると、申請人の発言を目して、被申請学園の現就業規則第五八条第二号の「故意に学校の教育方針を阻害する行為のあつたとき」又は同条第一七号の「著しく学校の名誉、信用、体面を損するような宣伝、煽動その他これに類する行為のあつたとき」に該当するものとすることはできない。

(五)  (印刷物「どどんぱ」の無許可配布及びその学校誹謗の記事について)

当事者間に争いのない事実に、(疎明―省略)を総合すれば、申請人は、昭和三六年度担任の三年A組の卒業生に学校及び自己の近況を伝え、同人らとの親睦をはかるため、昭和三七年三月中旬から同年六月二六日までの間に、三回にわたり、「どどんぱ」という題名の印刷物を発行し、卒業生に直接送付し、又は校内で在校生の一部「卒業生の妹又は近隣の居住者)に配布して、卒業生への交付を依頼したこと、(その配布について、学校の許可があつたことの疎明はない。)右「どどんぱ」のうち、第三回に発行された「どどんぱ」第三号(昭和三七年六月二六日発行のガリバン刷り一枚のもの)の記事の中に、被申請学園が指摘するように、「文園高校の教師の賃金は全く話になりません。」「初任給一万八千六百円、これでは独身教師の生活は成立しません。」「(私は)こんど一ケ月二万四千円位の賃金になるのですが、これでは全く生活ができない。」「私はH組の生従にいいました。『おれは諸君とおなじように授業料を払つて学校へきているようなものだ。私は家からの月々の送金でこうやつて心配なく学校にくる事ができる。』生徒は非常におどろいていました。」と、記載されていることが認められる。(以上の認定に対する(省略)は採用しない。)

そこで、まず、被申請学園が指摘する「どどんぱ」第三号の記事の掲載が文園高校の教育方針を阻害し、又は著るしく同校の名誉等を損ずるものであるかどうかを検討する。昭和三七年六月二三日組合の賃金闘争が、初任級についてのみ、これを金一八、六〇〇円に引上げることで、妥結し、被申請学園が同年七月分から右初任給を基準とする賃金体系を実施したとおりであるから、「初任給金一万八千六百円」の記事はまさに事実に一致する。成立に争のない乙第一七号証の五によると、同年七月分以降の申請人の税込の賃金月額は、被申請学園主張のとおり、基本給、家族手当及び交通費を加え合計金二五、六六〇円となつたのであるが、税額を控除した手取額は、金二四、一〇二円であることが認められるのであるから、「申請人の賃金月額が金二四、〇〇〇円位である」旨の記事は、右金額を手取額とみる限り、事実に反するとはいえない。なお、右記事に関し、申請人の賃金として、被申請学園の主張するような東京都の補助金による給与及び夏季、冬季、年度末手当の月割額が加算された金額は記載されていないが、そのことが事実に反することにならないのはいうまでもない。しかし、申請人が毎月実家から仕送りを受けているとの事実は、これを認めるに足りる疎明資料はないから、この点に関する記事は事実に反するものといわなければならない。被申請学園の指摘するその他の記事は、その用語において、やや誇張に陥り、穏当を欠く嫌いはあるが、申請人の経済的意識、意見を述べたものと認められるのである。

ところで、既に述べたように、当時、組合は賃金闘争を続け、昭和三七年六月二三日ようやく初任給についてのみ妥結をみたが、なお、経歴換算による賃金体系の是正等を要求して、被申請学園と交渉中であつたこと、申請人は右闘争を通じ、給与対策担当の執行委員、次いで副執行委員長として右闘争を指導し、教職員の賃金問題については、特別な関心と責任を有していたことなど、以上諸般の事情を斟酌しながら、「どどんぱ」第三号の記事全文を通読すると、その記事の内容は、要するに、申請人が担任した卒業生に対し、学校及び申請人の近況として、教職員の賃金事情と申請人の生活の窮状を報じ組合の賃金闘争に対する理解と同情を求めた趣旨であると推測されるのである。従つて、「どどんぱ」第三号の記事の掲載は、前記のように、その一部に事実に反する記載があり、その用語に誇張、不穏当の嫌いはあるが、故意に被申請学園主張のような教育方針を阻害する行為又は著しく学校の名誉等を損する宣伝等であるとして、被申請学園の現就業規則第五八条第二号又は第一七号に該当するものとすることはできない。

次に、「どどんぱ」の無許可配布について検討する。被申請学園の現就業規則第五八条第一一号には、懲戒解職事由として、「許可なく学校の施設内において文書の配布、貼付、掲示その他これに類する行為を行つたとき」と、規定されているが、右規定が校内における文書の無許可配布等の行為を懲戒解職事由としたのは、このような行為により、校内の秩序が乱され、又は乱される虞が生ずることを防止し、教育目的の達成、学校経営の円滑を期するためであるから、右規定にいう文書等の無許可配布行為とは、配布文書の内容又は文書配布の目的、時期、場所若しくは方法等からみて、校内の秩序を乱し、又は乱す虞がある文書の配布行為を指すものと解すべきである。本件の場合、第一、二回に発行された「どどんぱ」の記事の内容がどのようなものであつたかは、本件の疎明では知ることができないが、少くとも、それが校内の秩序を乱し、又はその虞があつたものと認めるべき疎明資料は全く存しない。第三回に発行された「どどんぱぱ」第三号の記事の内容は、前認定のとおりである。そして、これら「どどんぱ」の一部は、校内において学校の許可なく配布されたとはいえ、申請人はこれを自己の担任した卒業生に交付する便宜のため、在校生の一部である卒業生の妹及びその近隣居住者ののみに配布したのである。(その配布の時期と場所については疎明がない。以上「どどんぱ」の内容及びその配布の目的、方法等、既に疎明された諸般の状態を検討するとき、申請人の「どどんぱ」の配布行為は、校内の秩序を乱し、又はその虞があつたものとは認められず、従つて、被申請学園の現就業規則第五八条第一一号に該当するものとはいえない。

(六)  (修学旅行積立費残額の不正利得について)

当事者間に争いのない事実に、(疎明―省略)を総合すれば、次のような事実が認められる。

昭和三七年七月一七日開催された文園高校PTA実行委員会(全校の父兄から各学級毎に三名あて選出された委員で構成され、PTA事業の企画、立案及び実行に当る機関)が終了した後、引続いて開催された第三学年PTA実行委員会において、同委員会の議題であつた卒業積立金(卒業記念写真帖代、謝恩会費)及び進路指導費(卒業生の進学、就職の指導、斡旋のための教員の出張旅費、雑費について、第三学年主任中林芙沙夫教諭の司会の下に、協議が行われたが、その際、同学年組担任教諭として出席していた申請人は、「進路指導について、担任教師が薄給の身で骨を折つているのに、学校はこれに対し少しも報いようとしない。」との趣旨の苦情を述べたことがあつた。右協議は、父兄から生徒一人当り卒業積立金として金三〇〇円、進路指導費の一部(他は学校負担)として金一〇〇円を徴収することで決定を見たが、閉会直前、中林学年主任教諭から同年三月初めPBCの各コース別に行われた同学年生徒の(修学旅行申請人はその旅行の引卒教員ではなかつた。)につき、旅行積立費(その保管責任者は学校長であつたが実際は学年主任教諭が保管者となり、同人の名義で銀行に預金されていた。)の決算報告を行い、「Aコースについては一六二円、Bコースについては五八〇円、Cコースについては二〇五円の残額が生じたので、明細書を作成した上で、明日父兄に返還したい。」と、述べた。ところが、実行委員の一人が、「残額は教師の労苦に対する謝礼として寄付してはどうか。」と、提案したところ、出席していた実行委員の全員がこれに賛成し、残額の内、最低額であるAコースの残額に相当する生徒一人当り金一六二円を第三学年担任教員に寄付し、BCコースについてのみ、更にこれを差引いた残額を父兄に返還することを決議した。その際、申請人は、「このような性質の金は受取れない。」と、発言したが、実行委員から、「これは、父兄が決めるべき問題で、教師が発言すべき筋合ではない。」と、制止された。そして、実行委員の一人が右決議につき全父兄の同意を求めるための趣意書の草案を作成し、実行委員会は事後の処理手続の一切を中林学年主任教諭に一任した。そこで、同教諭は、右草案を印刷して全父兄に配布し、右決議の同意を得たので、旅行積立費の残額の内生徒一人当り金一六二円合計九九、六三〇円を第三学年担任教員に分配し、申請人は金四、〇〇〇円を受取つた。(以上の認定に反する(省略)は採用しない。)

以上認定のように、申請人の第三学PTA年実行委員会における苦情は、進路指導費の徴収に関連して述べられたものであつて、旅行積立費残額の処理について述べられたものでないのみならず、同委員会における旅行積立費残額寄付の決議は、実行委員の中からの提案に基いてなされたものであつたのである。他に、申請人が虚偽の発言をなし、実行委員がこれに欺かれて右寄付の決議をするにいたつたと認めるべきなんらの疎明資料もない。なお、旅行積立費残額の処理につき保管責任者である学校長の承認があつたと認めるに足りる疎明資料はなく、むしろ、証人(省略)の証言によると、その承認はなかつたものと認められるのであるが、申請人が旅行積立費残額の処理につき、学校長の承認があつたかのように実行委員を欺いたと認めるべきなんらの疎明資料もない。従つて、申請人の旅行積立費の残額を受取つた行為は、被申請学園が主張するように、詐欺行為によるものとして、被申請学園の現就業規則第五八条第一八号の「不正行為により他より利益を受けたるときに」該当するものということはできない。

更に、被申請学園は、申請人としては、あくまで旅行積立費残額の受領を辞退するか、あるいは、実行委員に対して保管責任者である校長にその処理方を相談するよう勧めるべきであつたと主張するが、既に認定したように申請人は、前記修学旅行の引卒教員でもなく、旅行積立金の保管者でもなかつたこと、実行委員会における旅行積立費残額寄付の決議の際、その受領を辞退する旨の発言をしたが、実行委員から制止されたことなどの事情を考えると、申請人が被申請学園が主張するような行為に出なかつたからといつて、特にこれを非難するのは当らない。そして、申請人が父兄名義の「校長宛寄付願」なる書面を印刷して父兄に配布し、寄付を強要したと認めるべきなんらの疎明資料もないのであるから、申請人の旅行積立費の残額を受取つた行為は、被申請学園が主張するように、教員としての職務上の地位の利用によるものとして、被申請学園の現就業規則第五八条第一三号の「職務上の地位を利用して私利を図つたとき又は図ろうとしたとき」に、該当するものということもできない。

3  (不当労働行為の成立)

このように、被申請学園が、執行委員又は副執行委員長として、常に、組合活動の中心的、指導的役割を果していた申請人を、それ故に、注目、嫌悪していた事実に徴し、なお、被申請学園が本件解雇の理由として挙げる申請人の行為が、旧就業規則又は現就業規則所定の制裁又は懲戒解職事由に該当しないか、あるいは該当するとしても、制裁又は懲戒解職に値するほど重大な非行と認められないこと、なお、証人(省略)の証言によれば、被申請学園としても、被申請学園の主張する前記修学旅行積立費の不正利得の問題がおこるまで、申請人を解雇することを考えていなかつたことが認められることを参酌するとき、本件解雇は、被申請学園が申請人の組合活動を嫌悪し、些細な非行を口実に、申請人を学園外へ放逐するためになされたものと認めるのが相当である。従つて、本件解雇は、不当労働行為として、無効であるといわなければならない。

三、以上のとおりとすれば、申請人と被申請学園との間には、いぜん雇傭関係が存続し、申請人が被申請学園に対し、雇傭契約上の権利を有することについては、一応疎明を得たものといわなければならない。そして、証人(省略)の証言及び弁論の全趣旨によれば、申請人は、被申請学園から支給される賃金を唯一の生活の資として、妻と二人の子供を扶養していることが認められるから、特に反対事実の疎明のない限り、申請人は賃金請求権につき、本案訴訟による救済を受けるまでの間に、生活に窮し回復しがたい損害を被るおそれがあるものと認めるのが一応相当である。そして、本件解雇当時の申請人の基本給が一箇月金二三、〇六〇円であり、申請人が引続いて雇傭されているとすれば、昭和三八年四月以降の基本給が一箇月金二六、〇八〇円となること、申請人の扶養手当が一箇月金二、〇〇〇円であること、被申請学園の賃金支払日が毎月二〇日であることは当事者間に争いがない。しかるところ、東京地方裁判所昭和三七年(ヨ)第二、一八〇号立入禁止等仮処分申請事件において、同年一〇月一日被申請学園と申請人との間に、「申請人は同年一〇月五日から昭和三八年九月末日まで、別紙物件目録記載の土地(被申請学園の構内)に立入らないこと。被申請学園は申請人に対し、昭和三七年八月以降昭和三八年九月末日まで毎月末日限り金二五、〇六〇円の割合による金員を支払うこと。申請人は被申請人に対し、右金員を昭和四一年九月末日限り返還すること。」との和解が成立し、被申請学園が申請人に対し右和解による金員を支給していることは当事者間に争いがないから、申請人は、右金員の支給期間は、これをその生活費に充て得たものと認めるべく、また、右金員の返済期は昭和四一年九月末日であるから、申請人は直ちにその返還を迫られることもないのであるから、右金員の支給期間は、その支給限度において、賃金請求の仮処分の必要性は存しないものということができる。以上の事実を基礎とし、諸般の事情を斟酌するときは、本件賃金請求の仮処分としては、被申請学園に対し、金一八、一二〇円(昭和三七年九月一日から昭和三八年九月末日までの基本給(昭和三七年九月一日から昭和三八年三月末日までは一箇月金二三、〇六〇円、同年四月一日から同年九月末日までは一箇月金二六、〇八〇円)及び扶養手当(一箇月金二、〇〇〇円)による賃金合計金三四三、九〇〇円から、右期間中申請人が被申請学園から支給を受けた和解による金員合計金三二五、七八〇円を差引いた残額)及び昭和三八年一〇月一日以降本案判決確定の日にいたるまで、毎月二〇日限り一箇月金二八、〇八〇円の割合による賃金(基本給金二六、〇八〇円及び扶養手当金二、〇〇〇円)の支払を命ずるのが相当であり、その余の賃金請求部分は、仮処分の必要性がないものというべきである。なお、申請人は、その外に「申請人が被申請会社に対し、雇傭契約上の権利を有することを仮に定める。」との任意の履行を期待する趣旨に帰着する仮処分命令を求めるのであるが、賃金請求について右のような断行の仮処分を相当とする以上、重ねて任意の履行に期待する仮処分命令を発することは無意味であるし、また、申請人主張のような理由によつては、必ずしも、その仮処分の必要性があるものとは認め難い。

四、よつて、本件申請は、主文第一項の限度で理由あるものとして認容し、その余を却下することとし、申請費用の負担につき、民事訴訟法第九二条を適用して主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第一九部

裁判長裁判官 吉 田   豊

裁判官 西 岡 悌 次

裁判官 松 野 嘉 貞

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